【甲子園のない102回目の夏】それでも白球を追い続ける

引用元:徳島新聞
【甲子園のない102回目の夏】それでも白球を追い続ける

 「夏の甲子園」と言われる全国高校野球選手権大会の中止が、決まった。今大会は「第102回大会」。甲子園のない夏になる。中止決定から3日後の23日、徳島県立学校の部活動が再開された。野球部はどんなスタートを切るのだろうか。そんな思いが募り、ある高校の野球部を訪ねた。

 訪れたのは板野高校。活動は2月29日以来で、入学した1年生から3年生までそろう初めての日でもあった。練習前のミーティングで和田哲幸監督(53)は一つ一つ言葉をかみしめるように言葉をつないだ。

 「2月29日に、突然活動が終わりになって、それから休みに入った。これまで心を折らずに、きっと夏が迎えれるだろうという心持ちの中で過ごしてきたと思う。しかし、みんなも知っての通り102回目の夏の大会の中止が決まりました。いろんな気持ちが、特に3年生にはあると思う。それでも今日、3年生13人全員が集まって再スタートを切ることになりました。昨日、3年生だけのミーティングをしました。みんなが最後まで野球を続けます、ということでした。

 いろんなことを言われると思います。早く気持ちを切り替えろと、言われたり聞いたりしたかもしれん。でも、そんなに軽いもんじやない。そんなに簡単に切り替えられるもんじゃない。

 5年後、10年後、20年後、この経験が生きるよと言われることもあるだろう。でもそれは、最後までやりきった後、負けた時に掛けられるエールやと思う。みんなは、負けてもいない。

 切り替えろとか、将来のためになるよ、と言われても、簡単には片付けられん。でも、現実を受け止めないといかん。じゃあ、どうしたらいいか。絶対的な答えは先生も持っていないし、初めてのことでもあり、誰も持っていないだろう。

 それでも、どうしたらいいんだろうと考えた。昨日3年生はミーティングの後、グラウンドでキャッチボールしたり、ブルペンで投げたりしていた。その姿を見た時にね、何か先があるとか、なくなったとかでなくて、みんな野球が好きなんやなと。だったら、好きな野球を頑張る。

 今までは夏の大会のために頑張ってきた、勝つために練習してきた。でも、野球の練習をするんでなく、野球をする。仲間と野球をする。大好きな野球をする。野球の楽しさを感じ、その瞬間瞬間を刻んでほしい。その結果、何かが見えるかもしれんし、見えないかもしれん。今日一日、その瞬間、野球を楽しんでほしい。野球を感じてほしい」

 15分ほど話した後、「元気で笑顔でやろう。ほな、いこう」と締めると、選手たちは「はい」と言い、グラウンドに飛び出した。

 キャッチボール、トスバッティング、ノック、フリーバッティング…。元気な声がグラウンドに響き、最後は1列に並び、日課の校歌を歌った。

 「夏の甲子園」が中止になるということは、甲子園を目指す道のりもなくなる。ひたむきに練習する姿を見ながら現実を思うと、何ともやるせない思いになる。

 和田監督は、甲子園の中止が決まった後、3年生に文書を送っている。要約すると以下の通りだ。

「夢が消えてしまった今、悲しさと悔しさ、喪失感と絶望を感じているかもしれない。ただ、甲子園が消えた今でも仲間は消えず、仲間と過ごせる時間は消えずに残されている。板野高校野球部員として102回目の夏を刻んでほしい」。

 そして3年生に今後どうしたいか、思いを書いてもらった。記入欄いっぱいにびっしりと思いをつづっていた選手も多かった。共通していたのは「最後までやり遂げたい」。最後が何なのかは分からない。とにかく野球を続けたいという思いが伝わってきたという。

 徳島市出身の和田監督は、中学3年生の時、池田高校が全国優勝したのに憧れ、門をたたいた。自身も3年春のセンバツに出場し、ベスト4まで進んでいる。最後の夏の大会は徳島商業高校に敗れ、春夏連続出場は果たせなかった。甲子園に出場した喜びも、県大会で負けた悔しさも、いつまでも忘れられないそうだ。

 指導者として最も甲子園に近づいたのが3年前だ。エースの森井絃斗投手を擁し、決勝まで進んだ。しかし、鳴門渦潮高校に敗れ、あと一歩届かなかった。

 甲子園の中止が決まった日、現在は社会人野球・セガサミー(東京)に所属する森井投手から和田監督にLINEが来た。「後輩にできることはないですか」。気遣いが嬉しかった。そして、こう返した。「お前にしかできないことがある。プロに入って甲子園で投げるとき、今の3年生を招待してやってくれ」。森井投手は、ドラフト指名を目指している。指名されれば板野高校出身では初めてのプロ入りになる。

 板野高校野球部の多くは、卒業後就職し、野球に一区切り付ける。だから3年生の夏の県大会が終わった後、「最後のミーティング」に、選手一人一人が保護者に思いを伝える時間を設けている。面と向かい、選手は涙ながらに話す。「小学生の時に野球を始めて以来、支えてくれてありがとうございました」「これまでは迷惑ばかりかけてきました。これからは恩返しできるよう頑張ります」。聞く保護者も涙が止まらない。

 今年は「最後」がどこなのか、現時点では分からない。県独自の大会の開催も検討されている。今後何かが変わるかもしれないし、何も変わらないかもしれない。それでも、校名の入ったユニホームに袖を通す日が来ると信じたい。(卓)

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